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東京高等裁判所 平成元年(う)1414号 判決

本店所在地

千葉県市川市市川一丁目一二番三号

株式会社丸東工務店

右代表者代表取締役

永橋英世

本籍並びに住居

千葉県松戸市秋山三三五番地

会社役員

永橋良夫

昭和一五年九月二三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成元年一一月一七日千葉地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官平本喜祿出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人井本台吉、同長野法夫、同熊谷俊紀及び同布施謙吉連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官平本喜祿名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

各所論は、要するに、被告人らに対する原判決の量刑がいずれも重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、各犯行当時、建売住宅の販売等(本件後、不動産の売買、仲介、賃貸及び管理等に変更された。)を目的に設立された被告人株式会社丸東工務店(以下「被告会社」という。)の代表取締役として、その業務全般を統括していた被告人永橋良夫(以下「被告人」という。)が、榎戸進平(会計事務所の職員であって、その後、税理士資格を取得し、昭和五八年一〇月に至って税理士名簿に登録された者)及び両角栄太(被告会社の経理担当者)と共謀して、被告会社の業務に関し、その法人税を免れようと企て、売上、期末たな卸高や雑収入等を除外し、経費を架空計上するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五八年四月期から同六〇年四月期までの三事業年度にわたる実際所得金額が六億一五二〇万三二五七円、課税土地譲渡金額が九億〇九七二万六〇〇〇円もあったのに、所轄税務署長に対し、その所得金額が四三九五万六一二二円であり、これに対する法人税が一五〇五万五五〇〇円である旨を記載した内容虚偽の各法人税確定申告書を提出し、そのままその納期限を徒過させ、もって、不正の行為により被告会社の法人税合計四億二八八二万八八〇〇円を免れたという事案であって、その逋脱額が巨額であることは勿論、逋脱率も九六パーセントと高率である上、被告会社の設立当初から脱税を計画して実行するなど、本件犯行が長期に及んでいること、しかも、被告人は、被告会社の毎決算期が近付いたころ、共犯者らから当該事業年度の所得金額について報告を受けるや、その都度、その金額に検討を加え、同人らに対し、申告所得金額を圧縮するように指示して、売上のみならず、受取利息、ローン代行手数料や手付け流れ等の雑収入、受取家賃及び期末たな卸高などを除外させる一方、外注加工費、支払手数料、販売促進費、営業費等多数の支出科目にわたり多額の経費を架空に計上させるなどしたものであって、極めて計画的であること、被告会社は、昭和五八年五月一五日と同五九年九月一九日の二回にわたり、市川税務署の税務調査を受けた際、その調査に協力しなかったので、税務当局において関連会社や売渡先等の反面調査により漸く被告会社の売上等を捕捉することが出来たものであり、課税土地譲渡利益金額についても、修正申告をするよう勧告されたにもかかわらず、その勧告に従わないばかりか、その後も右金額については全く申告していないこと、以上のように被告人らの犯行態様は極めて大胆であって、犯情も甚だ悪質であり、また、本件犯行に至った動機は、主として被告会社の営業資金を蓄積することにあったというものの、これとても私益に過ぎないから格別考慮に値しない上、本件脱税によって得た金員の一部を被告人の個人費用に充てるなどしていることに照らし、被告人らの刑責はいずれも重いといわざるを得ない。

してみると、被告人は、昭和六三年一月一二日、被告会社の代表取締役を辞任して、その子会社である株式会社丸東ファイナンスの代表取締役に就任するなど、本件について深く反省していること、被告会社において、新たに溝口公認会計士事務所の指導の下に再発を防止すべく万全の経理体制を確立したほか、市川交通安全協会に五〇〇万円の贖罪寄付をし、更に、本件逋脱にかかる法人税につき、修正申告をして本税のみならず付帯税も全部納付したこと、本件が新聞等で大々的に報道されるなどしたため、顧客からの解約が相次いで売上が減少し、銀行取引も停止されるなど相当程度の社会的制裁を受けているほか、当審に至って、社会福祉法人市川市社会福祉協議会等六団体に合計六一〇万円余の贖罪寄付をしたこと、被告人もまた、当審に至り、個人費用に充てた金員を清算すべく、所有する店舗を五〇〇〇万円で売却し、その代金のうち四〇〇〇万円を被告会社に返済し、残りの一〇〇〇万円を財団法人法律扶助協会に贖罪寄付をしたこと、被告人には道路交通法違反・業務上過失傷害及び暴行・傷害による罰金前科二犯があるのみで、他に前科前歴がないこと、その他所論が指摘する被告人らに有利な諸般の情状を十分斟酌しても、本件は被告人に対し刑の執行を猶予すべき事案とは認められず、被告会社を罰金一億円に、被告人を懲役一年六月にそれぞれ処した原判決の量刑はいずれもやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。

なお、所論は、原判決には量刑事情に関する事実の誤認が存する旨縷々主張するが、その実質は、原判決が量刑事情として摘示した事実の認定それ自体ではなく、これに対する評価の当否を争うに帰するところ、原判決が量刑の理由として説示するところは事実の摘示及びその評価を含め総て正当として是認することが出来るから、右の所論は採るを得ない。

論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

○ 控訴趣意書

法人税法違反 被告人 永橋良夫

外一名

右被告事件の、控訴の趣意は次のとおりである。

平成二年二月二日

右弁護人 井本台士

同 長野法夫

同 熊谷俊紀

同 布施謙吉

東京高等裁判所第一刑事部 御中

序論

原判決の認定する罪となるべき事実については、原審罪状認否において被告人も認めているとおりであり、控訴審においてもこれを争うものではない。

被告人株式会社丸東工務店が、昭和五七年度五一、九九七、三〇〇円、同五八年度一五二、六八六、二〇〇円、同五九年度二二四、一四五、三〇〇円、合計四三六、四五七、六〇〇円の法人税を脱税したことは紛れもない事実であり、その脱税額の高額さ、逋脱率の高さのみをみれば重罰をもって処断されたも已を得ないものであり、この点については原判決指摘のとおりである。

しかしながら、本件脱税に関し、被告人永橋良夫並びに株式会社丸東工務店の罰を論ずるにあたっては、以下に述べるような諸点が量刑の事情として斟酌されるべきであり、原判決には右の諸点につき、事実誤認並びに量刑に関する判断の誤りがあり、破棄されるべきである。

第一点、量刑に関する事実誤認

一、本件犯行の動機形成に至る事情として、先ず、被告人永橋良夫の経歴並びに被告人会社の経歴及び状況等をご理解頂きたい。

1、被告人永橋良夫は、昭和一五年大阪市西成区に五人兄弟の三男として生まれたが、小学校五年生のころ自宅が焼失し、このため家族全員で働いて生活を維持しなければならない状況となり、当然のこととして同人も一家の働き手として家計を担うこととなった。高等学校卒業後は短期大学の夜間部に通う傍ら、自ら雑貨商を営んでいたが、倒産の憂き目に合い、逃げるように上京し、生活の為、種々の職業に従事した。

その後、昭和五二年ころ、市川市にある建売業専門の業者である株式会社日東住宅へ就職し、セールスに精を出し、その努力の甲斐あって一店舗を店長として任されるまでになり、又更に、日東住宅の社長から独立を認められ、現在の被告会社の前身である株式会社東和工務店を設立し、同社は昭和五五年一〇月、株式会社丸東工務店と社名を改めた。

しかしながら、当初は資金もなく、結局元の勤め先であった日東住宅から手形で貸付を受け、同時に日東住宅の物件を販売することによる歩合で運営資金を稼ぐ状態であった。

被告人は、大阪での倒産と逃げるような上京を一日も忘れず、この間、身を粉にして働き、短期間にて会社を独立させて貰えるまでになったが、同時に倒産に伴う借金と債権者に対する不義理も忘れることなく、会社設立後、会社の発展とかかる借金の返済に精一杯の努力を傾ける生活をしていたものである。因みに、この借金は今日、すべて完済している。

2、株式会社丸東工務店の状況

株式会社丸東工務店は、その後も、同様の苦しい状況を続けたが、昭和五八年になり、ようやく自前の仕入物件を販売することができるようになった。以後、今日まで毎年五〇%アップを目標に大量仕入、大量販売の経営方針で努力し、この間、売上即仕入という自転車操業の状況で、いわゆる遊んでいる金は一銭もなかった。

勿論、金融機関の信用もなく、昭和六一年後半からやっと一応の仕入資産の借入ができる状態となった。その結果、売上は昭和五八年二八億円、同六一年九〇億円、同六二年一〇〇億円と向上した。一方、金融機関からの借入額も昭和六〇年までは一〇億以下であったが、昭和六一年一五億円、同六二年二五億円と増大し、金融機関に対する信用もやっとついたと言える状態となった。

この間に、親会社ともいえる日東住宅が倒産し、大阪で味わった倒産の悲惨さに二度と合いたくないとの被告人の気持ちが相俟って、被告人永橋良夫をして、どんなことがあっても倒産だけはさせたくない、倒産させないためには大量仕入、大量販売により一日も早く金融機関の信用を得て、安定した会社の実体を築かねばならないとの経営方針を持つに至らせたのである。

これらの状況は、試算表ベースで見た仕入、売上、借入の各状況からも良く判る。

(一) 五七年四月期決算分

仕入 二七億二五〇〇万円

売上 二九億円

借入 七六〇〇万円

(二) 五八年四月期決算分

仕入 三三億八六〇〇万円

売上 二七億六一〇〇万円

借入 三億五六〇〇万円

(三) 五九年四月期決算分

仕入 三五億 三〇〇万円

売上 三九億五一〇〇万円

借入 七億六三〇〇万円

(四) 六〇年四月期決算分

仕入 五五億七〇〇〇万円

売上 五三億九八〇〇万円

借入 八億五四〇〇万円

かかる経過の中で、売上至上主義のため、経理面を全くおろそかにした結果、充分な経理的管理が出来ず、安易に税金を納めないでも会社の体質を充実させるといった経営判断がまかり通る状況となってしまったのである。この間、関与税理士の適切な助言がなかったばかりか、本来阻止すべき税理士がかえって被告人永橋良夫の同調し、その犯行を手助けしてしまったことも不幸なことであった。そして次第に脱税の回数は増えていったのである。

しかしながら、昭和六〇年度の申告時点に至り、税務申告時の申告処理が極めて困難となり、また、額が飛躍的に増大したため、被告会社において、正しい申告に向けて徐々に手直しをして行くべきであるとの話合いを持つに至っていた状況にあった。

かのような状況の下に国税庁の査察があり、脱税事件として明るみに出されることとなったものであるが、会社としては来るべきものが来た以上、出来るだけ正しい姿を国税庁査察官に見てもらい、正すべきところは速やかに正すとの考えに従い、一切の隠しだてをせず状況の解明に協力することとしたのである。

3、査察後の会社の状況

社長、専務の前記のような考えに基づく指示により、会社を挙げて査察に対する全面的協力体制が入ったが、これとは別に、二度と再びかようなことがないように、経理面を充実させるべく、溝口公認会計士事務所に依頼し、公認会計士三名と税理士一名の密接な指導を受けられる体制をとり、同時に過去の経理的問題点の徹底分析を依頼、その報告に基づき経理スタッフの充実と経理システムの見直しを計った。

これらの処置が終わった段階で、被告人永橋良夫は、本件事件の責任をとり被告会社の役員はもとより、当時あった関連会社の全ての役員を辞任した。そして被告会社の経営を実弟の永橋英世に譲ったのである。

以後は溝口会計事務所の指導の下に正しい申告と納税を続けている状況にある。

因みに、株式会社丸東工務店の土地重課を除く昭和六一年度以後の申告納税額は、昭和六一年度五八〇〇万円、同六二年度一億八四〇〇万円、同年六三年度八億四〇〇〇万円となっており、また、土地重課税についても毎年きちんと申告している。

また、本件脱税にかかる税金は、昭和六二年七月六日、修正申告、納税を完了し、また、重加算税一億四一〇〇万円も本年二月に完納した。

4、本件犯行の動機

本件に於ける被告人永橋良夫の脱税の動機は、同人が査察における取調べ、検察官の取調べ、並びに原審公判廷における供述において一貫して述べているとおり、売上の毎年五〇%アップにより会社を拡大し、倒産することのない会社の体制を固めるため、浮いているお金は殆ど仕入に回す必要があり、そのため一時的に税金の支払を免れようと考えたと言うところにあった。

会社が実働をはじめて約八年間で、ゼロから一五〇億円の売上規模にまで拡大することは並大抵の努力ではなく、実績も信用も何もない被告会社が今日迄来るには、悪いことは知りながら一時的に脱税を思い立った被告人永橋良夫の心情は、同人の倒産経験に思いを致せば、理解し得なくもないところである。特に、建売住宅業における自己の出身母体であった日東住宅の倒産は、被告人永橋良夫の倒産回避願望をより強くさせたことである。

そして、かような動機は、日東住宅の売上簿外による不正申告の指示がきっかけとなり、本件脱税に踏み込んでしまったのである。

二、本件犯行の動機に対する事実誤認

1、原判決は、右被告人会社のおかれた状況及び被告人永橋良夫の心情等につき「かかる犯行の動機に同情の余地はない」ので一言でかたづけ、一片の同情の理解も示していない。

勿論、右のような動機が、被告人らの本件犯行を正当化するものとはなり得ないことは当然であり、この意味では原判決の判示するとおり、なんらの同情の余地がないとされることも、又巳を得ないことであろう。

2、しかしながら、前記、被告人永橋良夫の生い立ち、被告人会社の経緯等に照らし考えると、被告人永橋良夫が、真剣に被告人会社の発展を願い努力を傾注してきた事実が認められ、その考えられなきいような急激な成長と発展の過程における手段の逸脱として発生した犯行であることは理解出来るところである。又、被告人永橋良夫の目的が、単に私利私欲を満足させる為にあったのではなく、会社を発展させ、比較的安価な住宅を供給するという、謂わば社会的に意義のある事業を拡大させることにあったことも事実であり、現にこれを発展させてきたことも、又、事実である。

3、このような被告人永橋良夫の本件犯行の動機は、単に巨額な脱税によって得た金を個人的資産として蓄積し、費消してしまったことに比べれば、是認し得ないまでも、量刑の一事情として十分斟酌し得る余地はあるものと考えられ、原判決の判断はあまりに厳格に過ぎると言うべきである。

三、本件犯行の態様についての事実誤認

1、原判決は被告人永橋良夫の行為を、大胆にして悪質であり、被告人に有利な事情を斟酌しても実刑に処するのが相当であると判示するが、右判断は以下のとおり、事実を誤認するものである。

2、原判決は被告人永橋良夫の行為を大胆であると言う。しかし、いわゆるつまみ申告(過少申告書は提出するが、記帳等とは全く関係なく適宜の所得で申告する方法)というものをおしなべて大胆というならばともかく、個々のつまみ申告のやり方によって大胆であるか否かも当然異なるはずである。

3、本件について言うならば、被告人永橋良夫は、最初の税務申告時に税額を三百万円位に決定するのに関与した事実はあるものの、それ以外は各期毎の税額確定に具体的に関与したわけではなく、被告人永橋良夫は売上が伸びているから前年よりもやや多めにとの税務申告の考え方を被告人榎戸並びに両角に伝えただけであり、あとは事務方が計算したものにつき承認を与えたに過ぎない。被告人永橋良夫は、各期の税務申告書の作成過程では、一切関与しておらず、申告直前に概要の説明を受け、これを承認したに過ぎず、税額決定の過程で一度たりとも修正等実質的な関与をしたことはないのである。

従って、仮に被告人会社のつまみ申告が大胆な行為であったとしても、被告人永橋良夫の行為が大胆な行為とは言い難く。原判決は事実を誤認するものである。

四、原判決は被告人らの行為を悪質と判示するが、これは著しく事実を誤認するものである。

1、本件犯罪事実である脱税の主たる手法は、先ず納税額をほぼ確定し、これを基礎として税引前利益を割出し、この利益に合わせるべく当期仕入、当期売上、在庫をそれぞれ調整して数字を創作して申告書を作り上げる手法で実行されているが、本件事件に於いて特徴的なことは、被告会社の各種伝票類、総勘定元帳、一般管理取引台帳、売掛台帳、買掛台帳、取引整理台帳のいずれを取っても真実が記載されており、何等の改竄等の作為的処理がなされておらず、被告会社の取引等の実体を余すところなく物語っている点である。

これがため、国税庁の査察においても、あるべき姿は前記各帳簿、伝票類から自ずと明らかとなり、不正の捕捉は極めて容易であった。そこには所謂裏帳簿もなければ、伝票、帳簿の改竄等もなかったのである。

また、被告人らにはこれら資料を隠そうとする意思もなく、現に、国税庁の査察に全面的に協力している事実もある。

2、かように正しい、真実を記した帳簿を会社に備え置きながら各期の申告だけを誤魔化したものであって、本件の形態は、国家の徴税権を絶対的に侵害する意図もなく、又、侵害するものでもない。本件は謂わば一時的納税義務の潜脱行為であって、究極的な納税義務の潜脱行為ではない。

かようなものが、果たして悪質(特に実刑を課するまでの)と言い得るものであろうか。また、被告人永橋良夫及び被告会社は、つまみ申告はしたものの、昭和六〇年度の申告をした時点で、在庫調整量の大きさと、数字操作の困難さにより、来期以降の正常な申告への転換を話し合った事実もあり、

3、原判決は、本件が斯る単純な形態の脱税であるとの事実を誤認したか、あるいは斯様な行為を悪質と誤って判断したか、いずれにせよ、本件の如く単純な脱税について、悪質として実刑を課した原判決は重きに失するものと言わねばならず、破棄されるべきものである。

第三点、量刑不当

原判決は被告人永橋良夫に対し、懲役一年六月の実刑を課しているが、前記量刑に関する事実誤認及び従来の判例等に照らしても重きに失するものであり、破棄されるべきである。

一、原判決が量刑の理由とする、本件犯行の動機、犯行態様等については前記のとおりであり、原判決は事実を誤認し量刑不当の違反を犯すものである。

二、昨今の逋脱犯については、実刑をもって臨む場合が次第に多くみられる。これらの事例は逋脱額、態様、動機、その他の犯罪事実等は異なるが、これら重刑をもって臨む行為には概ね二つの累型がある。

その一つは犯行の方法態様が、帳簿の改竄、証拠の湮滅など特に悪質な場合であり、いま一つは同種前科があるか、または執行猶予中の犯行である等の場合である。前者は国税庁の査察をもってしても適切な課税がなしがたく、国家の徴税権を究極的に侵害する畏れのある行為につき悪質と評価するものであり、後者は著しく遵法精神に欠ける再犯の畏れがある場合につき悪質であると評価したものである。

原審検察官は論告の中で、逋脱犯の実刑事例を掲載した雑誌を添付して本件への参考とした。しかし、以下述べるようにこれらの事例はほとんどは前述の二つの類型のいずれであって、本件の如き極めて単純なつまみ申告による脱税事犯の参考にはならない。そればかりか、むしろ斯様な参考判例との比較においても、本件は実刑をもって臨むべきでないことが判る。

以下、参考までに前記雑誌記載判決事例の特徴を明らかにしておく。

東京地判昭和五五年三月一〇日

実際の入金伝票、売上帳を破棄し、公表用の伝票、帳簿を作らせていた事例

東京地判昭和五六年九月二四日

伝票類の破棄、書換を行った上でつまみ申告、起訴対象年度以前から脱税していた事例

札幌地判昭和六〇年九月六日

経理コンピューターの作動を止める等して売上等の除外をし、又一方、青色法人の優遇を受けていた事例(因みに本件は青色申告ではなく優遇措置を受けていない)

東京地判昭和六二年一〇月一六日

青色申告法人としての優遇を受けながら正規の帳簿を全く作成せず、一方赤字決算とするため決算期に故意に預金を引上げて赤字を仮装した事例

東京地判昭和六二年一二月一五日

架空の見積書、請求書を第三者に発行させ、申告にあわせた資料を作成して逋脱した事例

東京地判昭和六二年一二月二四日

売上伝票の破棄、入場者数等の改竄、申告に符号する証拠書類の作成、内容虚偽の上申告の捏造等をした事例

東京地判昭和五五年五月二八日

同種前科があり、執行猶予期間中の犯行の事例

東京地判昭和五六年三月一九日

同種前科がありながら再度脱税行為に及んだ事例

大阪地判昭和五七年八月五日

執行猶予期間中の犯行

大阪地判昭和五八年一二月一四日

執行猶予期間中の犯行

東京地判昭和五九年一月二七日

執行猶予期間中の犯行

三、以上の如くであり、本件は前記のとおり犯行態様において特に悪質でなく、又前掲各判例が逋脱の手段方法に着目して国家の徴税権の行使を免れる特別の行為をした点を悪質ととらえ実刑をもって臨んでいる実状に鑑み、単純な逋脱事件として執行猶予付判決を下すべきである。

善良な納税者との対比において逋脱額の多額な事件は重罰をもって臨むのも一つの方法かもしれないが、しかし、今日脱税は所得の倍増、インフレ傾向、土地の大幅な値上がりに伴い、逋脱額もうなぎ登りであり、その手口も巧妙悪質を極めつつある。これに伴って国税庁の査察の時間も大幅に長期化しているのが実状である。これは重罰をもって臨んでも、それだけではかかる状況の改善にはならないことを物語るものであろう。

むしろ、手段、方法において単純で、しかも証拠湮滅の事実の全くないものについては逋脱額に拘泥せず刑の執行を猶予する方針で臨み、手口の悪質巧妙化の防止に当たることも刑事政策的に重要なことである。

四、会社としての再発防止努力等被告人らに有利な情状

1、被告人永橋良夫は、査察と同時に、逋脱の温床を断つため、後見的チェック機能を果たし得る経理の専門家集団である溝口公認会計士事務所に日常の経理指導、税務申告指導、合理的経理システムの導入指導、脱税発生の原因が究明等を依頼し、その万全の体制を確立して社長を退き、現在は実弟の永橋英世がこれを引継ぎ、現在では会社は二度とかかる犯罪を犯すことのないような体制になっている。斯様な体制のもと、関与税理士溝口英昭をして正確な経理処理のもと昭和六三年度申告所得約二〇億円、申告法人税額約一三億円を申告し、納税を完了している(この中には当然の事ながら四億六〇〇〇万円の土地重課税も含まれている)。

2、社会的非難と制裁

本件は、千葉県ではマスコミに大々的に報道され、このため、一部金融機関からの融資のストップ、優秀な従業員の相次ぐ退職、契約客からの売買契約キャンセル、取引先からの取引停止乃至取引拒絶等の重大な影響があり、また、被告人永橋良夫の父親は新聞報道を見て寝込んでしまう、長女が学校を中退してしまう等、被告人永橋良夫個人にとっても想像以上の影響を受け、被告人、会社共々十分な社会的非難と制裁を受けている。

しかし、会社はかかる非難に耐えるとともに全社一丸となって努力して現在は失地を回復し、年間売上二〇〇億円の目標に向けて前進し得る状況に至っている。

3、被告会社の社会的貢献

被告会社は、被告人永橋良夫の創立時の方針であるところの、安い住宅を一つでも多く供給するとの目標の為に、建売業に専念し、年間六〇〇棟以上の低廉住宅を社会に供給している。不動産業を営んでいる関係からは流行の土地売買(いわゆる地上げ)に手を出せば大幅な利益が挙げられるところ、創立の方針貫き、証拠として提出の感謝の手紙に見られるように多くの住宅獲得者から感謝され、千葉県における建売住宅供給の重要な一翼を担う企業となっている。このように被告会社は被告人永橋良夫の私利私欲を満たす為に経営されているものではなく、被告会社の発展は一に高品質廉価な住宅の供給という社会的必要性を満たすもので、社会的に充分貢献しているのである。

また、地域社会との協力関係の一環として市川交通安全協会に五〇〇万円の寄付をするなど社会の中の企業であることを自覚した努力を怠っていない。

4、被告人永橋良夫の改悛の状況

被告人は本件犯行の最中から何時かは、そろそろ、正しい申告に戻さねば、と考えていたものであり、本件査察が入ったときも、直ちに査察に全面的に協力する体制をとり、検察庁の取調べにおいても、初めから罪を認め恭順の意を表してきた。同時に脱税の原因の一つである経理体制の充実のため、溝口公認会計士事務所に前述のような依頼をし、社会の経理体制を確立するとともに責任をとって全ての役員を辞任したもので被告人には改悛の情が認められる。

5、本件も金額は極めて大きいが、特に悪質な態様ではなく、前述のとおり被告人も被告会社も充分に反省しており、社会的制裁も充分に受けている。被告会社は高品質低廉住宅の供給という社会的使命を全うすべく日夜努力をしており、一度は社会内において更正の機会を与えられるべきである。

五、被告人永橋良夫に対する実刑判決の影響

ところで、被告会社では、本件が発覚してから、県宅地課に対し、公判の都度状況報告を行っているところ、最終公判の報告を行った際、宅地課担当者より、県としては本件について非常に関心を持って見ており、関係各方面からも処分をどうするかの問い合わせ等もある。県としては以上の状況を踏まえ、有罪判決がでた場合は例え執行猶予の判決であっても、数か月の営業停止処分はすることになる。もし、当時の代表者に実刑判決が下る様な場合は、免許取消を含む相当の処分をせざるを得ないであろうとの通告を受けた。

前記のとおり、国税庁の査察以来、新聞等マスコミに大々的に報道され、被告会社は既に相当の社会的制裁を受け、ダメージを受けており、努力の甲斐あって、やっとその回復の兆しがみえた状況で、更に免許取消等の処分を受ければ、会社を存続させていくことは最早不可能な事態に立ち至ること明らかである。

勿論、このような事態に立ち至ったこと自体、所謂身から出た錆であって同情の余地はないかも知れないが、ここまで発展してきた会社、従業員、顧客等に対する重大な結果を招くことは明らかで、そこまでの結果を被告人始め関係者に甘受させなけば、社会秩序が維持できないとは考えられない。

同種前科のない被告人永橋良夫には、原審において実刑判決を受けた事実によって、遵法精神に対する覚醒効果は十分であり、一般予防の見地からもそれで十分ではなかろうか。殺人等の如く取り返しのつかない結果を生じさせた犯罪であればともかく、本件のような犯罪について、被告人に一度も社会内更生の機会を与えないというのもあまりに酷に過ぎるものというべきである。被告人永橋良夫には、むしろ長期の執行猶予期間をもって、再起の機会を与えることが、被告人自身はもとより、被告人会社及びその関係者にとっても、又、国家社会にとっても最良の策である。

結語

以上のとおり、被告人丸東工務店に罰金一億円を、被告人永橋良夫に懲役一年六月の実刑を課した原判決には、事実誤認、量刑不当の違法があり、破棄されるべきである。

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